あきらっきーの生き方羅針盤


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生き方羅針盤
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なぜ 裕福な生活を している人間がいるのか 【前編】

人間界が勉強・修行の世界なのに、
  [なぜ 裕福な生活を している人間がいるのか]

[ありがとうございます]の解説から始まり、[人間界の存在意義]、[神様が なぜ人間を助けないのか]の お話しを聴いた大半の方は、「現生(げんせい)の価値観と、真逆の出来事を、スピリチュアリズムでは幸福だと言うなら、裕福な生活を送って居る人間は不幸と云う事に成るのですか?」と、疑問を持たれる人も おられるでしょう。

もし、疑問を持たず、乾いた喉(のど)を水で潤す様に スーッと 言葉が入った方は、霊性の高い方か、喉が乾き切る位の苦痛を体験されて来た方とお察し致します。 その後者の方に私は「よく、頑張って生きて来られましたね。貴方と今生(こんじょう)で お逢いできた事を、とても嬉しく感じます」。

では、本題に入ります、
今回のお話しは、霊界(神様)の摂理 法則とは殆んど無関係の お話しです。人間界(物質界)の摂理 法則と、自然界の摂理 法則レベル程度(ていど)の事です。

一番のギャップの根源は、今、人間界が唯物主義で有る事です。 唯物主義とは、簡単に言えば、[物質が現実として存在しており重要。精神は形が無く無意味、価値など見出さない。所詮 人間も物質] との考え方です。

今は科学的にも実証されてる事ですが、精神(霊体)にも形が有り、単に 人間の視力聴力触感で捉えられないだけの物です。 1860年代以降のアメリカ、イギリス、フランス、ロシアのノーベル賞クラスの研究者100名以上により、研究され発表されてますが、なぜか日本は、話題にも成りません。要は目に見えない物への疑問や研究、理解するだけの霊性が育っていないだけの事です。

日本では過去、浅野和三郎(わさぶろう)氏が研究されて居りました。書籍としては、近藤千雄(かずお)氏が翻訳の第一人者でした。 このお二方は、あきらっきーの陰の師匠です。この方々の書籍に出会わなければ、私は的外れの人生を送ったままでした。

霊界通信では「勉強 修行の為、生きて行くだけの、衣食住は用意されている、ただそれが、偏っている。人より多く持つ物は、持たざる者へ渡しなさい。ただし、渡すか 渡さないかの判断は、持つ者の責任で有る」 と言って居ります。

今の人間界(物質界)では、相手から沢山の物を奪った者が勝者と成っております。それが権力だったり、持て余すほどの不動産だったり、お金だったり、あらゆる品物だったりで 切りが無いですね。

この切りが無い品物に付いて霊界通信では「おもちゃ」と言っております。「欲しければ いくらでも集めて 遊べば良い。こんな おもちゃ に私達は関心が無い。私達が関心が有るのは ただ1つ、霊格霊性の向上だけである。霊格霊性の向上が無ければ、いったい貴方達は、何しに人間界に生まれたのか、それすら、おもちゃ集めに苦心して忘れて仕舞ったのですか」と、送られて来ました。

【つづく】

日時:2017年8月15日 19:54

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